◆ インド発祥の多弦胡弓「サーランギー(Sarangi)」類の話題を中心に、世界でここだけ前代未聞の怪研究・珍開発の数々を発信し続ける異常ブログです。同楽器取扱いの急先鋒にして生物学者や変態ケモナーとしても知られる異常造形作家【川崎ピースケが執筆運営しています。
研究テーマ:1)楽器「サーランギー属」、2)海のダンゴムシの仲間「水産等脚目甲殻類」、3)多肉・塊根・平行、栽培から造花まで「珍奇植物」、4)原材料・愛玩対象としての「羊」 、5)獣人表現「ケモナー」 、等を題材としたデザイン論と実践、特に生物型や生物利用の意味について。議題は多岐に渡り、追究の範疇としてエログロを含みます。* 近年(2)〜(5)の構想がだいぶ具現化したので、2023年から(1)の分野に戻りアプローチを再開できる運びとなりました。
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ジャワ海溝でサーランギー用マツヤニガニを20頭手に入れなさいドュー


>日本では西洋音楽教育を強制して来た悪影響ですね。

とのご感想。んーまあそりは確かにだいぶそうなんだろうし、
奥地のドジンが輪になってボンボコ的な世間の色眼鏡に悩む民族音楽ラヴァーも多いけど、
西洋音楽は高尚で民族音楽が野蛮とは酷いステレオタイプなのですっ!!」
…と妙にドジン側の肩を持つのもまたステレオタイプだったりしねえかな、とも思うのね最近。
オーケストラの世界だって洗練の一方で相当スッ頓狂な試みの数々をやってきてるし、
バイオリンも出始めの時代はクソ嫌われた経緯がありましたからな。


俺、サーランギーを弾く前はコントラバスを5年くらいやってました。
サーランギーの弾き方はバラナシのカナイヤラル先生から教わったのですが、
ご指導の中でこういう愉快なエピソードがあったから聴いてくれい。

お稽古にとりあえず手持ちのコントラバス用の松脂を持って行ったの。
コントラバス用の松脂は、逞しい弦に弓毛がゴリッとかかるように、
他の擦弦楽器に比べてだいぶ柔らかめに精錬してあります。
夏の室内に置き忘れるとズベドベに溶けるくらい。

  その時の松脂

これをお試しのカナイヤラル先生、
 「良くないな。柔らかすぎる。これは何用の松脂だ?」

とっさにコントラバス用ですと答えると、
 「あ? なんだって? なんだそれは」

欧米や日本でポピュラーな巨大なバイオリンですと慌てて答えると、
 「楽器店でサーランギー用の松脂を手に入れなさい」

サーランギー用というのは売ってないと思うのでバイオリン用のを答えると、
 「なぜ売っていないんだ?」

だもので帰りにクロサワ楽器だかでバイオリンの松脂を買って次の稽古に持って行ったら、
 「おう、これだよ。サーランギー用」とニッコリ。

いやはや、何事も勉強だなあ〜!って話。



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渋谷ハンズの限定企画『深海ラボカフェ』に寄り、

熱水噴出孔カレーなるものを戴く。

乾かしてカスカスになった蟹の死骸を追加トッピングすることができ、
+5カニ、+10カニ、+20カニと悪ふざけの度合いを選べるという酔狂な企画だ。


むろん調子に乗って20カニを選択、殻ごとバリバリと平らげて参ったのであるが、

それからが不安の半日間だった。
胃腸がドルンドルンと20カニ達の自由民権運動の如き様相で、
ほどなくして尻の噴出孔から硫黄臭ムンムンの熱き汚水を噴出するハメに。

 ズドドド、ドュー… アッ〜!! さよなら僕の20カニ

っはっはっは、消化に悪いんじゃねぇのかあのカレーは!?
みんなも気をつけろ どうぞお試しあれ!
というかカニを殻ごと20頭もバカみたいに食ったこちらに責任あるんだけどね。


深海生物を模した商品販売やイベントも盛況で、
とりわけ作家の手による歪んだ愛に溢れた雑貨群は、
一般流通品が陥りがちな “売れない” 怯えからくる大衆への下品なすり寄りが無く、
眺めていて気持ちが良い。

異界からの奇怪な便りを、机上や懐で愉しめる創作へ転生し、そして魅せることで、
関わる皆が深淵への憧れを共有できる博物学の現場。うーむこれこそまさにラボカフェ冥利。
素材量販店がこういう視点を持ってくれるのってありがたいよな、いいセン突いてる。


ただ、生物型グッズ群には一抹の物足りなさも覚えます。
フィギュアやぬいぐるみなら所有し飾ること自体で成立するからいいが、
グソクムシ型のスマートフォンケースや、ダイオウイカ型の背中掻き棒のような、
特に意味はありませんが生物型にしてみましたどうです突飛でしょう押しというか、
「その生物を我々の日常生活へ採り込んだ所にどんな意味性があるか」
の説得力に欠けるがために、いちおう手に取るけどア〜ン惜しい! やっぱ要らない、
って感じる商品がちょいちょい存在するのだ。

その生き物の、その形、その習性だからこそ、人間社会にこんな非日常が立ち現れます…
という提案まで昇華できたら素晴らしいアートになるはずなんだ。
いかんせんもうひといきなんだよな。

文句言うからには当然、じゃあお前はどうなんだ。
具体的なアイデア幾つか溜まってきたからそろそろ形にしてみようかな、海洋生物テーマの作品。
しかしながら売るつもりはない。あまり量産すると良さが薄れるからな、ほっケースみたいに。



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虫愛づる姫君と連れ酒酌み交わしけるに、
くそ狸、酔ひ酔ひて、やれ渋谷土産をば奉らむとて、
海の市にて得し飯器の敷紙渡しければ、

姫、置かれよ、己が足にて行きて己が手にて取らむとぞ突き返しける。
されこそ、いと心にくし姫君と笑ひぬめり。

二の巻にあるべし。










    サ ー ラ ン ギ ー 図 鑑     

★バイオリンは皆さんご存じのあの形状にほぼ定まっています。しかしサーランギーは製作者・時代・地方によって様々な自由形が存在し、今なお進化を続けています。特に弦数や配線は個体によって全くまちまち。これは、先人に学んでこう作らなければならない・本場の本家本元ではこれが正しい・こうでなければ本物の価値が無い、といった固定概念に縛られていないためです。ひとくちに捉えられないそれらをサーランピーでは「サーランギー属」と総称しています。

こうして並べますといかにもアジア諸国調査で得られた現地サンプルに見えますが、なんと殆どが日本国内で発掘されたものです。日本人の技術で修理を施しました。…そう言われると急に萎えますでしょう? みんな興味本位で取り寄せて結局すぐ手放しちゃうからこういうことになるのです。

しかもこの中には当方が捏造したオリジナル楽器をまことしやかにねじ込んであります。果たしてどれが現地の風薫る本家本物のお宝で、どれが世にもいかがわしい贋作か? 鑑定やいかに?…といったこだわりは、どうにでもなることですし、実のところどうでもよろしいことなのかもしれません。



チーペスト号  名古屋の誰だ号  結局ウチに号  

ボロ号  55号  黄泉号

グランピエ号 ジョギヤ 前方後円ジョギヤ 

カリマンタン号 恵さんでしたか号 そそるスリム号 

ドードゥロバナム ドゥカン号 サランガ

サランガ・ペタンコ エレクトリック チカーラー

チカーラー(近代版) サローズ アフガンサリンダ

ネパリ くさっぱら号 さらん弓(さらんきゅう)

サランダ  擦弦仮面 ダルマサンガ サランダ

ディルルバ エスラジ タール シェナイ

エスラマ ベラバハール カマイチャ

ラーヴァナハッタ ペナ エスラール
プールヴィーナ バリアジアン号 サラウドン
ストゥーパ号 ドドバシキメラ





    文 化 へ の 冒 涜 で は ?     


サーランギーの化石(カンブリア期)


いいえ、全く冒涜にはあたりません。サーランギー属は進化を歓迎し、地域毎に異なる展開を許す楽器群です

民族学・民俗学では、創作の混入は許されず、ありのままを正確にサンプリングすることで解明に努め、敬意を払います。つまり研究者はあくまで傍観者、せいぜい中途参加者であって、真の当事者にはなれません。研究者が自ら文化に手を加え、研究対象を自分自身とし、文化の歴史を塗り替える、これが許されるなら何だってやりたい放題になってしまいます。そのため研究者は、専門性・正確性への拘りにばかりにプライドを置き、しかし自分では大した表現が出来ない、融通の効かない方向へと人格形成されがちです。異文化理解を唱える本人が無理解とは皮肉なもの。サーランピーではこの状態を「スウェーデンポルノ女優のスリーサイズを精緻に暗記した童貞」と呼び、陥らぬよう自戒しています。

だども、オラ、この楽器がこの島でどう進化すんだか夢みちょる真ッ当事者の日本民族だで。何をどう作ろうと直そうとオラほの自由だ。オラが村の遊びがまんまこの楽器の進化の歴史になるだ。「インチキ業者」「思い上がるな」「現地の文化に失礼」「1人で騒いでるだけ」とお感じなのは、ひとえに貴方の心が許さないから。なにせその現地をはじめ世界各国からウチ宛てに「サイトを見た。修理はできるか? オリジナル楽器のオーダーは可能か?」と打診が来ます。もちろん断りますよ。てめーでやれっ。もしくはてめーの村の良さでやってみれっ。…そうすることがいつしか文化となるのだから。