◆ 前代未聞の怪研究・珍開発の数々を脱線常習ごちゃ混ぜに発信し続ける、近代稀にみる異常ブログです。世界でここだけの頭おかしい物品、わけのわからない文言多数。 造形作家にして生物学者にして重症ケモナーの要注意人物【川崎ピースケ】が執筆運営しています。クソ色の片思い、キミに、そっと…。
研究テーマ:1)インドの多弦胡弓「サーランギー属」、2)海のダンゴムシの仲間いろいろ「水産等脚目甲殻類」、3)食虫・多肉・塊根・平行、栽培から造花まで「珍奇植物」、4)原材料および愛玩物としての「羊」 、5)想像動物表現と愛好「ケモナー」「ファーリー」 …等を題材としたデザイン論と実践、特に生物型や生物利用の意味について。議題は多岐に渡り、追求の範疇としてエロティック及びグロテスクな内容を含むことが多々ありますのでご了承ください。
★ 1記事内1主題の場合と、1記事上に短文加筆を重ねる【近業掬イ】(きんぎょうすくい)の場合がある。繁忙時はどうしても後者です。
★トップページには最新2〜3記事のみ表示。過去記事は【アーカイブ】で総覧できます。
★ YouTubeなど外部埋め込みがクソ多い記事は、お使いのクソ環境によって読み込みにクソ時間がかかります。クソしてお待ちくださいませ。


熱海箱根・ホニホフールのチチョリーナとダッフンアッフンぬい撮り旅(後編)


前回の続き。
夜9時から寝入ってしまい、翌朝4時には起きてしまったので、
せっかくだからチッチのお腹の弦を鳴らしながら朝日を拝むことに。

< すてきー

サランギ及びサリンダ属インド弦楽器における造形研究の第一人者にして、
甲殻類コツブムシ及びウミセミ及びヘラムシ及びスナホリムシにおける破天荒の研究者が創った、
死んだ家畜型ぬいぐるみ型弦楽器ケース型弦楽器ホニホフール個体名チチョリーナの腹腔内で奏でる、
相模湾に昇る太陽を浴びながらのインド古典音楽ラーガ・バイラヴィなど、人類史上初のできごと。

しかし、人類史上初だから何だっていうんだ?
真の芸術はその稀有を日常に転がすところにこそ生まれる。
誰が見ずとも、誰が褒めずとも、だ。初とか別にどうでもいい。

他人とは違うコンテンツひとつを拠り所に、初の!唯一の!と喧伝し、
自他に言い聞かせてでないと心が潰れてしまう矮小者のなんと多いことか。
自身がないから自信がない、自信がないから自身がない。
だから他所の物にすがり、借り物を振りかざして威張ろうとする。

そんで、やれ、

ピースケさんと友達になってみんなに自慢したいです!
ピースケさんにオリジナル楽器を作ってもらってみんなに自慢したいです!
ピースケさんに安く作らせてる直させてる自分の優位性をみんなに自慢したいです!
だからピースケさん! 世界で1つの楽器を自分にタダで作ってください!
タダで利用したいからピースケさんといやいや友達になってやるんです!
えっ良い人のくせに金とるの?! 意地悪ッ!悪魔ッ!アベヤメロッ!

…だもんなあ。そんなんばっかりだとさすがに疲れちゃう。


疲れちゃったから、二度寝~っ!!

朝食ビュッフェまで少し時間があるからな。
ビュッフェさん! 世界で1つの朝食を自分にタダで作ってください!
えっ良い宿のくせに金とるの?! ブタ汁ッ!白米ッ!アローマメロン(磐田市)


ビュッフェとは何か。そりは、他人の皿から好きなだけ奪う合戦絵巻にて候。
ひとくちハンバーグを嬉々と頬張ったキッズの脳天を竹トングでピシーン叩いて吐かせ奪う、
お母さんペンギンが見ていない隙にヒナを咥え奪うなど、何でもござれのルール無用。

浅ましき戦地に赴くには少し仮眠してからでないと。


/ ア! オアッ! オアッオアッ! オーーーア! \
  アーーーオ! バーーーーモ! バモッバモッ!
  バーーーモ! バモッ! バ…
 むにゅむにゅ…


イクラ醤油漬け豆鉢を5鉢も6鉢もせしめて丼にするという暴利の限りを貪り尽くしながら、
このホテル「リゾーピア熱海」の珍妙な佇まいについて述べておこうか。

茶化す意図でなく、興味深く愉しむ意味合いでね、良い宿でしたので。
元々サーランピーは ‘インド古典にっぽんの宿ぶらりレビュー旅ブログ’ として始まったのだし。

とは、構造を拝見するにつけ、ひょっとしてここ、

リゾートマンション建設を想定して丘を切り崩したのが始まりじゃないかしら。
とにかくオーシャンビューを!相模湾ビューを! 第一に魅せたくて他をうっかり後回しというか、
まるで黒川紀章のカプセルタワービルを全室海向きに並べたような、
客室1つぶんの奥行きしかない薄ペッタンな造りになっている。

俺の部屋に今ありあわせの布とおもちゃを使ってミニチュア表現すると、

概ねこういう位置関係だ。こんなふうに丘陵直下の海岸線ギリクソに建てた後で、
アッいけね! 正面玄関をどうするやら考えあぐねてか、なんとまあ、

丘の道路とホテル屋上の間に橋をかけ、宿泊客を屋上から出入りさせるのよ。
っはっは、怪盗かっつの。合理的だがこの頓珍漢には笑った。
海側の道路 ‘熱海ビーチライン’ は歩行禁止のため徒歩客の出入りができないのだ。

そしたらフロントも最上階?と思いきや頑なに1階にございますため、
受付の都度エレベーターでお越しくださりやがれだって。へんてこなのな。

入り口の地図をgoogleマップの航空写真ではじき出しておいたので、
https://www.google.com/maps/@35.1009027,139.081605,76m/data=!3m1!1e3
興味ある人やご検討の人はチェックしてみてくれい。


俺はこれを事前に承知しつつ、非日常を愉しむべく此処に決めました。
駅からの徒歩は坂道だが足腰健常ならば周辺散歩レベルの傾斜だし、
熱海プリン屋の角を海向きに曲がり降りてすぐの、トータル10分も掛かるかどうかの短距離。
事前予約すれば送迎バスも出すそうだから坂がつらい方も安心です。

花火大会の夜など特等席だろうし、或いは雨天に荒れ狂う海模様の鑑賞向きかも。
こんな凪の日にこの波音を考えれば台風ド直撃日には大波がスッ飛んで被るだろう。

いちおう防波ブロッ… うわ~あそこ絶対ウミセミいるな、ガサ網いれてえな~。
おっといかん、今回は海ムシのこと考えない約束だった。

建物は古いが宿代は決して観光ボッタにあらずサービスも押し付けがましくなくて良い。
次の用事にまた利用したいなと思いました。ブログ取材旅には充分すぎるくらい。
皆様も熱海旅行のご予定には、天気の良い日を狙いすましてリゾーピアへ是非。


…なになに、なおもご不満? 最安値で最高級の思いがしたい?
そんなお客様にうってつけ、↓こちらのホテルはいかが。


シンレイグループ系列 【レーデル熱海 ヴィラ・カビクサ】

フロント係が徐々に骨、死んどらぁ社のエレベータ、とろ~り天然マコモ風呂
ゲジゲジびっしり和洋室、おふだびっしりクローゼット、抜け毛びっしり枕元、
カビクサ特製カビくさ浴衣、布団の下には野良猫ミイラ、いつのやら知れない茶菓子、
山海の珍味がよく見たら馬のクソでした等、至れり尽くせりのおもてなし。
くつろぎのひとときを、崩れ堕つコンクリ片とともに。お立ち寄りの際はぜひ!

 内部のようす。泊まりた〜い♪

《星の数》★★★★☆(★は星の数、☆は星の数を表しています)



…さあ出発。今日は彫刻三昧だ。


 / またね、オーシャンビュー…\



~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 



❁❁❁ 箱根彫刻の森美術館❁❁❁

皆さんは彫刻の森へいらしたことがありますか? ばかやろう!
そこらへんの森とはワケが違うんだぞ。
シンデレラ城の張りボっテさに感銘を受けた羽柴誠三秀吉さんが…

…このくだり、もう結構か。さいですか。つまるところデヴィ夫人は核弾頭なのです。

赤ん坊の頃に家族旅行でこの地に来たような、来てないような、
うっすらとした記憶があるのだが、自分の足で来るのはこれが初めて。

というのも、懐かしのひらけ!ポンキッキ ‘ABCのうた’ という曲があって、
そのロケ地がここ。憶えてる40代以上いるかな?

いま聴くとイカしたテクノだが幼稚園児の俺には因縁の歌でね、
どういうわけかこの曲調と映像が凄い苦手だったの
宇宙交信のように不気味にくぐもった「A、B、C…」のボイスエフェクト、
知らない子供の顔、彫刻たちの顔、顔・顔・顔がどうにも異界的で怖かった。
イントロ始まるとキャーッと隠れて鳥肌立てて耳を塞いでたのをよく記憶してる。

思うに当時から芸術表現のもつ異質さに過敏だったのかもしれません。

魔力は魅力、おかげさんですっかりそちら側に惹き込まれてしまい、
40年弱の時を経て自ら魔界と対決に来たわけだ。

さっそく彫刻ひとつひとつを論って征伐してくれようと企むも、
‘各作品の著作権は作者にあり当館は一切責任を負いません’ と美術館側ったらこの態度。
つまり作品の写真をネット上にアップロードする行為は権利侵害にあたる場合がある。
そういうのは各作品・各著作権者の個別な方針を美術館側が明確にしといてもらいたいものだわ。
自分の作品の素晴らしさを紹介されたくない彫刻家いるか? …いそうだな。


そこで今回は所蔵のユニークな彫刻のうち、
著作権問題の心配が薄いであろう作品群を特別にご紹介しようではないか。
多くが本邦初公開! アートマニア垂涎! 心して鑑賞せよ!



▲ ゴウム・ホッス Gaum Hosh「 旋回する軌跡 」
軟質管の内部は透明な液体で満たされ、煌めく放出の瞬間を今か今かと待ち続けている。不定形のなかにも厳然たる秩序そして生命力への驚きを匂わせた、作家の鋭敏な感性が光る快作。



▲ 倉雁 照道(くらがり・てるみち)「 森の孤独 」
鬱蒼たる森の繁茂を切り拓くように天へ伸び上がり、無機質に照らすのは希望の未来か、はたまた絶望の果てか。モダン彫刻の旗手である作家自身とその境遇をモデルとして多数が鋳造され、道沿い等間隔に据えられている。



▲ 古野崎 俳蓮(このさき・はいれん)「 白い屹立 」


▲ 同「 覆われた煩悶 」
巨匠ゴウム・ホッスの影響が随所に伺える。ホムセン留学中に土木美術主義(ドカチニズム)に傾倒した古野崎は、‘意味をもたない構造の配置こそ全くの無為である’ と唱えた。齢97にして辿り着いた悟りの境地。



▲ 水蕗 由加(みずぶき・ゆか)+ スキージ・カッパーギー Squeezy Cappargie 「四人の剣術士」
血みどろ汗みどろの闘いを終え、日陰でひとときの休息をとる騎士たちの安堵をユーモラスに描いた共作。展示室一面にぶちまける大量の水がトレードマークのパフォーマンスはたいてい周辺住人の大顰蹙を買うが、菓子折り持参で後日の平謝りをも想定に含めたハプニングアートなのだと作者らは胸を張る。



▲(左)カンビン・ヴンヴィエッツ Canbin V’nvietts「二つの窓のあるトルソ」
▲(右)モエル・ヴンヴィエッツ Moel V’nvietts 「窓のあるトルソ」
極限まで簡素化された裸婦が心の窓を打ち開き、鑑賞者自身の人生の残骸を大らかに受容する、慈悲深き無償の母性を表現したインスタレーション作品。モチーフはヴンヴィエッツ兄弟の共通の恋人であったイレンナ・フネンプツ Illenna Funenputts。兄弟と睦まじく過ごすも唐突に離別を宣告、「一緒にしないで。家庭を持ち込まないで。会うのは隔週、各自治体の指定する曜日の朝8時まで」と断って兄弟を悩ませた。



▲ ナニオ・ウットール Nanio Wottorre「サーカスの休日」
軽業師か道化師か、頭頂の天幕を閉じ壁際にたたずむサーカス団員の緊張と緩和そして哀愁。スチールパイプを巧みに用いて具現化した、じつに計算し尽くされた造形である。(…というかこれ何? なんのための什器? たぶん売店前で、雨の日に彫刻の森オリジナル傘でも挿して売るためのワゴンかと思うんだけど、モダン彫刻ばっか見てるとこれ単体でこういう作品っぽく見えちゃう。)



▲ ピスケイ・ジガジサン Piskey Zigazisan 「羊のいる空間 ~ ヘンリー・ムーアのために ~
「大きな荷物はこちらでお預かりします」と美術館受付に注意されているのに、大丈夫、全く問題ない、私は武蔵野美術大学出身の著名な芸術家である、恩師の作品もここに収蔵されている、羊を愛したムーアならばこの来訪を歓迎するだろう、…などと筋の通らない文言を吐き、背負ったまま受付を突破した超絶メンドクサおじさん。出身大学を出した時点でエ~ッそうなんですか~それでしたら~と感心してしまう受付嬢も大概だが。ヘンリー・ムーア財団杯 モッコシモコスコ!大好きひつじグランプリ出品、参加賞(お菓子)受賞作品。



▲ ピート・モンドリアン Piet Mondrian「閉じられた白のコンポジション
多大な名声を得ながら表現手法の追求に飽き足らなかったモンドリアンは晩年、色彩さえも廃し、残された単純要素の各々に扉を取り付けて自身の過去作を内部に格納、遂には施錠までした。このヒステリックなまでに徹底的な自己批判を通して、もはや単なる題目と化した抽象主義さえも乗り越えようとしたのである。



フェルナンド・ボテロ Fernando Botero Angulo 「ワーム」
全長7mに及ぶ巨大彫刻。むちむちと肥厚し横たわる幼虫から着想を得て製作され、ハサンデステロ公園の広場に設置された。純真無垢な子供たちが自由に乗ったり毛をむしったりして遊ぶことができる。のち全身かぶれてお母さんと皮膚科に駆け込むところまでが鑑賞の醍醐味といえるだろう。



…なになに? あっはっはっは、うるせえなっての。
彫刻の森で見つけた管理用具をソレっぽく撮っただけですが、
ありがちなキャプションを付けると高尚な作品に見えてしまうでしょ。
美術館に来といてアートピースをそっちのけ、鑑賞ポイント口から出まかせ言い任せ。
これが真のミュゼオロズィーだ! 芸術なんぞゴミクソとどっこいどっこいでい!

や、冗談半分本気半分、実際こうしたなんでもない日常の道具でさえ、
各品に設計デザイナーの手と想いが入ることで機能と美観を追究されている。
見方の角度を変えればそれらの佇まいも充分に彫刻作品たり得るのだ。
正当な評価を密かに待っているんだよ。


秘宝館や熱海城やトリックアートの造形がたいした俗物であるとき、
箱根でひねりあがるブロンズの裸体や意味不明物体は果たして芸術か。

中でも楽器は、単なる道具である以上に機能彫刻である。
誰も彼も楽器にあやかり、畏れ、産み出すピースケを魔的に訝しむ。
とりわけて私のチチョリーナは、俗物と芸術、両域のあわいに住み、
聖俗の花園をはむ羊の権化だ。まるで政界に打って出たポルノ女優のように。

その膣なる架け橋にて届かんとするは、胎なる異境の音楽である。

 …ブウウーー……ーンンン… スチャラカ、チャカポコ。

 ‘ 胎児よ 胎児よ 何故踊る 母羊の心がわかって おそろしいのか ’

堂々巡りの思索の迷宮に確かなるともしびがあるとすればせいぜい、
こんな雌羊をわざわざ彫刻の森に背負ってくんなといった倫理規範のみやもしらぬ。
しかしそれでもなお見せたかったのだ、この子のやってきた概念の故郷を。

そしてそれが突如として日常に出没するところにふわもこ移動彫刻としての美を宿し、
秘宝館や彫刻の森という挑戦の現場へ里帰りをすることによって美が輪廻するのである。


< でんしゃー

箱根登山鉄道を利用した日本初どころか人類史上初めての、
死んだ家畜型ぬいぐるみ型弦楽器ケース型弦楽器といえよう。実際、

( えっ、アルパカ? うそお。いつもああやって一緒なのかな… )

( まじヤベぇ。ふふ、乳出てるし… )

等々と複数の若カップルにクスクス嗤われながら堂々と家路につきましたよ。
結構結構。たとえ後ろ指をさされても貫き通す愛そして愛、
男一匹芸術家、それが真の……我ながら適当ほざくなよっつの。


ま、チッチにとっては良い思い出になったんじゃないかと思う。

  
    \ ただいまー /

  / ヤーーーップ!\

帰宅するや噂の乳にさっそく搭乗し旅の無事を労うくまおと毎度の連中。

おとなしく留守番の褒美に名物キンメダイのマスコットを与えられるや、
胸バッヂ代わりに装着し海洋資源保全政策へ積極的に取り組む、くまお院議員。
あまりに丸っこいのでキンメダイよりネンブツダイかアカマンボウの様相だが、
あまりに丸っこいものをお前は大好きだからな。なぜならあまりに丸っこいからだ。
そんなに丸っこくてはさすがのお前にも丸っこいだろう。




~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 



❁❁❁ 後日談 ❁❁❁


さあ、今回の熱海箱根レポートによってあなたは一体何を学んだというのですか?
非生物への愛そして愛、虚実の戯れが、多少なりとも理解できたと仰るのですか?
さっぱり意味わかんなかった、何を言いたいのか全然わかんなかった、キモ~等と、
猛烈に陰部を掻きむしったその手でポテチつまみつまみ仰る諸君は、ばかやろう。

私はこの旅によって幾つかの着想を得ました。
未完成のままであった意味わからんオブジェ達にもうひと押しのアプローチが叶う。
ただ遊んでいるように見えて美のインプットとアウトプットをやってるんですよ。
おかげさんで東京に帰ってからも彫刻を観る目が醒めやらぬ。

と、じつに彫刻の森からこちらへアプローチ! しばしの期間限定で、
見たかったムーアの彫刻「羊の形」東京丸の内に遊びに来るというので、

慌てて行ってきた。これを見たかったんだよ。

うーんいいねえ、英国式バラ庭園とよく似合う。

こんなモッコリモコを羊と言い切るムーアの抽象っぷりもだいぶ頭おかしいが、
羊の愛すべきモッコシモコスコ感の抽出を試みた気持ちというのは、
作品を通し、また同じ羊好きとしても、伝わってくる気がする。

どの角度から見てもモコソコモッコソ、意味がしれない。
空を見上げ草をはんで寄り合う2頭にも見えるし、
お母さん羊の腹を突いてお乳をせがむ子羊にも見える。
乗っかる牡羊にも見えてくるかな。自由にモッコリ想像してよいのだと思う。

またムーアは自作品が野外風景に溶け込むことを望んでいたそうです。
イギリスの本拠地の庭園には本作を原型とした鬼デカ拡大版が建っていて、
放し飼いの羊がモコスコ寄り添ってるんだって。素敵なことだわいやあ。


というわけだので今回のラストぬい撮り
こないだ魔術リキッドで死んだ羊を丸の内に連れてきてご一緒させて戴いた。

やっぱ不思議と似合うんだよな、イギリスの風景っぽい。

と、撮影中、舶来の超絶美形ブロンドお嬢さん(左奥ぼかし)が怪訝にジロジロ!
眼差しから察するに「(アノヒト、ナニシテルノ。アタマtheオカシイワ)」って感じかな。
ウルセーッ。ダカラケトーワ、ヨウコソニッポン!


せっがぐ東京駅さ来だで、有楽町や新橋まで歩くことにして、公共彫刻ミニさんぽ。
国際フォーラムの通行広場にある好きな作品を見たくてね。

それは、これ。安田侃「意心帰」。 いいよねぇ。モコ!

巨大な小石じゃんかと言われたらそれまでだけど、
シンプル極まりながら柔和で有機的で愛らしい存在感がある。モコスコ!

モッコリモコポコ!


ついでにこちら↓がデザイン界隈でつとに著名な建築、
数寄屋橋交番だ。山下和正建築研究所の作品。
屋根の上のポコはいったいなにかご存知の方も多いかしら。

警視庁へ建築計画を提案時、後ほど屋根に付ける予定の装飾を仮に表す目的で、
縮尺模型の屋根にとりあえず刺したまち針がそういう気鋭のオブジェと理解されてしまい、
その意匠で上層部の認可がおり、デザイナー本人をして追加訂正が叶わなくなった結果、
本当に巨大まち針の刺さった交番になったという愉快なヤケクソ伝説をもつ。

あるある、組織ってそうなのよ、一度認めた決定に融通きかせない。
トリビアの泉で採り上げられて一層有名になったと思います。

でも、素敵な話じゃない? むしろ愛されるシンボルになったのではないかな。
私は私的な物ばかり作っていますが、公共物を作るならやはり街に愛されるのが理想だ。
皆さんのものですよとプレゼントするくらいでいい。形とは、愛なんだよ、やっぱり。
ヤノベケンジの「サンチャイルド」みたいなダダスベリはしたくないものですね。


新橋駅前に着くや、昔クイズダービーに出てた篠沢教授を小さくしたようなご風貌の、
ピンクTシャツ白髪メガネおじさんが、なんだろう、何やら主張している。
…あ、水道橋博士か、雰囲気変わったな。ダダスベリなきよう頑張ってください。



駅ナカの缶詰専門店で缶詰を買って家に帰りました。この話おわり。


    / またねー \












    サ ー ラ ン ギ ー 図 鑑     

★バイオリンは皆さんご存じのあの形状にほぼ定まっています。しかしサーランギーは製作者・時代・地方によって様々な自由形が存在し、今なお進化を続けています。特に弦数や配線は個体によって全くまちまち。これは、先人に学んでこう作らなければならない・本場の本家本元ではこれが正しい・こうでなければ本物の価値が無い、といった固定概念に縛られていないためです。ひとくちに捉えられないそれらをサーランピーでは「サーランギー属」と総称しています。

こうして並べますといかにもアジア諸国調査で得られた現地サンプルに見えますが、なんと殆どが日本国内で発掘されたものです。日本人の技術で修理を施しました。…そう言われると急に萎えますでしょう? みんな興味本位で取り寄せて結局すぐ手放しちゃうからこういうことになるのです。

しかもこの中には当方が捏造したオリジナル楽器をまことしやかにねじ込んであります。果たしてどれが現地の風薫る本家本物のお宝で、どれが世にもいかがわしい贋作か? 鑑定やいかに?…といったこだわりは、どうにでもなることですし、実のところどうでもよろしいことなのかもしれません。



チーペスト号  名古屋の誰だ号  結局ウチに号  

ボロ号  55号  黄泉号

グランピエ号 ジョギヤ 前方後円ジョギヤ 

カリマンタン号 恵さんでしたか号 そそるスリム号 

ドードゥロバナム ドゥカン号 サランガ

サランガ・ペタンコ エレクトリック チカーラー

チカーラー(近代版) サローズ アフガンサリンダ

ネパリ くさっぱら号 さらん弓(さらんきゅう)

サランダ  擦弦仮面 ダルマサンガ サランダ

ディルルバ エスラジ タール シェナイ

エスラマ ベラバハール カマイチャ

ラーヴァナハッタ ペナ エスラール
プールヴィーナ バリアジアン号 サラウドン
ストゥーパ号 ドドバシキメラ





    文 化 へ の 冒 涜 で は ?     


サーランギーの化石(カンブリア期)


いいえ、全く冒涜にはあたりません。サーランギー属は進化を歓迎し、地域毎に異なる展開を許す楽器群です

民族学・民俗学では、創作の混入は許されず、ありのままを正確にサンプリングすることで解明に努め、敬意を払います。つまり研究者はあくまで傍観者、せいぜい中途参加者であって、真の当事者にはなれません。研究者が自ら文化に手を加え、研究対象を自分自身とし、文化の歴史を塗り替える、これが許されるなら何だってやりたい放題になってしまいます。そのため研究者は、専門性・正確性への拘りにばかりにプライドを置き、しかし自分では大した表現が出来ない、融通の効かない方向へと人格形成されがちです。異文化理解を唱える本人が無理解とは皮肉なもの。サーランピーではこの状態を「スウェーデンポルノ女優のスリーサイズを精緻に暗記した童貞」と呼び、陥らぬよう自戒しています。

だども、オラ、この楽器がこの島でどう進化すんだか夢みちょる真ッ当事者の日本民族だで。何をどう作ろうと直そうとオラほの自由だ。オラが村の遊びがまんまこの楽器の進化の歴史になるだ。「インチキ業者」「思い上がるな」「現地の文化に失礼」「1人で騒いでるだけ」とお感じなのは、ひとえに貴方の心が許さないから。なにせその現地をはじめ世界各国からウチ宛てに「サイトを見た。修理はできるか? オリジナル楽器のオーダーは可能か?」と打診が来ます。もちろん断りますよ。てめーでやれっ。もしくはてめーの村の良さでやってみれっ。…そうすることがいつしか文化となるのだから。